ジョージ・タケイ氏の経歴


ジョージ・タケイ。人気TVシリーズ、スタートレックのミスター・スールー役(吹替えでは、ミスター・カトウ)で有名な彼は、40本以上の映画、数百本に及ぶTVに出演しています。


彼はユニバーサル・ピクチャーズ製作2011年7月全米公開予定、トム・ハンクスとジュリア・ロバーツ共演の新作映画「ラリー・クラウン」に出演します。


2011年1月に発表された内容は、ニコロデオンで2011年前半にプレミア放送予定のニコロデオンの新しい実写コメディシリーズ「Supah Ninjas」のキャストとして出演することでした。コミック調で映画スタイルの30分のシリーズは、普通の高校生のマイク・フクナガが忍者の長い家系を引いていた事に気付いてしまい、ひょんなことから秘密世界の犯罪との戦いに選抜さてしまった3人の子供の身に起こる話です。マイクは、彼もその一員である『Supah Ninjas』チームのもとに指導、知恵、および鍛練を提供する対話型ホログラムとして現れる、最近亡くなった祖父(ジョージ・タケイ)の精神による導きで助けられます。


アメリカのエンターテイメントに貢献した著名人の名を刻んだ星が埋め込まれている、ハリウッド通りのウォーク・オブ・フェイム。1986年、スタートレックのオリジナル・シリーズのレギュラーとして世界中に知られる彼の名が、星のひとつに刻まれました。さらに、1991年、彼のサインと手形が、ハリウッドのランドマーク、グラウマンズ・チャイニーズ・シアターの前庭のコンクリートに仲間入りしました。


さらに、2007年から2009年まで、NBCテレビの「HEROES/ヒーローズ」で、エミー賞、及びゴールデングローブ賞ノミネート俳優マシ・オカが演じるタイムトラベラー、ヒロ・ナカムラの父親、カイト・ナカムラ役として12本のエピソードでセミレギュラー出演しました。


彼はシリウス・サテライトラジオ局のハワード・スターン・ショウのレギュラーになりました。2006年1月、ハワード・スターン・ショウにデビューした週にアナウンサー兼パーソナリティとして出演。他にも、2007年、2008年、2009年、2010年に追加出演しました。


2009年7月、彼とトニー賞受章者レア・サロンガはロサンゼルスの全米日系人博物館で「忠誠(Allegiance)」と呼ばれる新しいアメリカンミュージカル(作詞・作曲ジェイ・クオ、脚本ジェイ・クオ及びロレンゾ・チオン)の舞台朗読に参加しました。その朗読はこのミュージカルがブロードウェイへ旅立つ第一歩でした。


彼は2008年11月と12月に放送されたイギリスITVの人気テレビシリーズ「I'm A Celebrity, Get Me Out of Here!」に出演しました。12名の有名人の中で、優勝者イギリス人テレビスターのジョー・スウォッシュ、2位入賞のテニスの伝説的人物マルチナ・ナブラチロワに次いで、3位に入賞しました。番組中でスカイダイビングをしたり、生きた昆虫を食べたりして、多くの苦労を乗り切ったオーストラリアの多雨林で21日間を過ごしました。


彼はヴォーカルアーティストととして常に引き合いがあります。彼の演技は音楽産業でも賞賛されています。1987年、彼はレナード・ニモイと共にグラミー賞の『最優秀スポークン・ワード、音楽以外の録音』部門で、ノミネートを受けたのです。


彼の声は2009年秋にPBSで放送されたケン・バーンズ監督、デイトン・ダンカン脚本兼製作補の6話のシリーズ「The National Parks: America's Best Idea」で聞くことができます。


2009年1月、カートゥーン・ネットワークで放送されたジョージ・ルーカスのアニメ「スター・ウォーズ:クローン・ウォーズ」の2つのエピソードで注目され、ウォルト・ディズニーの長編アニメ映画「ムーラン」そして、「ムーラン2」、スタートレックのオーディオ小説の録音、FOX-TVの「ザ・シンプソンズ」、「フューチャラマ」など、その特徴的な声で、声優、ナレーターとしても数多く活躍しています。


彼と俳優兼コメディアンのマーガレット・チョウを共同ホストとして、2006年にピーボディー賞を受賞した「Crossing East」のナレーションを担当しました。これはディメイ・ロバーツ製作のラジオドキュメンタリーで、アジア系アメリカ人の合衆国への移民の歴史をたどる全8時間に及ぶ1時間ものの番組でした。


彼は、エレクトロニック・アーツ株式会社のリアルタイム戦略テレビゲーム「Command & Conquer Red Alert 3」の実写映画場面に特別出演するオールスターのアンサンブル・キャストの一人です。 また、彼はソニー・コンピュータエンタテインメントのPAINテレビゲームの有名人キャラクターでもあります。


2007年10月に、彼の名誉に於いて小惑星が命名されました。小惑星の公式の学名は「7307 タケイ」です。その名前は国際天文学連合の小天体命名委員会によって承認されました。小惑星は、火星と木星の間に位置していて、直径約5マイルです。


彼の声の才能は広く認識されていて、多数の交響楽団のゲストナレーターをしています。 彼は「Sci-Fi Spectacular」の語り手を、2011年1月にフロリダ州のネイプルズ管弦楽団と、2010年7月にインディアナポリス交響楽団と、2009年8月にクリーブランド管弦楽団と、2009年4月にオタワ交響楽団と、2009年1月にエドモントン交響楽団と、2008年1月にボルチモア交響楽団と、2007年9月にシアトル交響楽団と共に、務めました。 すべての7つのコンサートがジャック・エバリーによる指揮にて行われました。 彼は、2009年7月にサンフランシスコ交響楽団と共に「Look to the Future」の語り手を務めました。 2008年2月に、サラ・ハツコ・ヒックスによる指揮のミネソタ交響楽団と共に「To Boldly Go」で主催役を務めましました。 2004年11月に、サミュエル・ウォン指揮のホノルル交響楽団と共に、コープランドの「リンカーン肖像」の語り手をしました。彼はヨハン・デ・メイの交響曲第1番「指輪物語」をケビン・ロードス指揮のマサチューセッツ州にあるスプリングフィールド交響楽団と共に語り手をし、デヴィッド・ワーブル指揮のロングアイランド・フィルハーモニック、デンバー交響楽団、オレンジ群のカリフォルニア・ウィンド・オーケストラ、そして、フロリダ州レイクランドの帝国交響楽団も同様に語り手を務めました。


コミュニティ活動家の彼は、全米で最初のアジア太平洋系アメリカ人劇場、イースト・ウェスト・プレーヤーズの評議会のメンバーです。また、彼は全米日系人博物館の名誉理事長であり、カリフォルニア州市民的自由公的教育プログラムの諮問委員会の元委員でもあります。


2004年から2005年にかけては、TV視聴率に関する独立諮問委員を務めました。前の議長カーディス・コリンズの下、19人のメンバーは、ニールセンの視聴率調査は有色人種を含むTV視聴者の多様性をもっと正しく計るべきだ、という勧告を提出しました。


演技歴は50年以上になります。始まりは1957年、カリフォルニア大学のバークレイ校時代、1年生と2年生の間の夏休みに、映画の吹き替え役募集の新聞広告に応募し、採用されたことでした。その映画とは、「空の大怪獣ラドン」という日本の映画で、有史前の生物が大都市を襲い、人々を恐怖に陥れるという設定のSF物でした。カリフォルニア州はカルバー市にあるMGMのスタジオで、8人分の役を日本語から英語に吹き替えました。


プロ俳優デビュー作は1959年、TVドラマの草分けといわれた生放送番組、「プレイハウス90」でした。映画デビューは同年、リチャード・バートン主演のワーナー・ブラザーズ映画「北海の果て」でした。他に出演した映画は、スタートレック映画6本(「スタートレック6:未知の世界」、「スタートレック5:新たなる未知へ」、「スタートレック4:故郷への長い道」、「スタートレック3:ミスタースポックを探せ!」、「スタートレック2:カーンの逆襲」、「スタートレック」)と、「ザッツ★マジックアワー ダメ男ハワードのステキな人生」、「The Red Canvas」、「You Don't Mess With the Zohan」、「ニンジャ★チアリーダー」、「DC9・11」、「グリーン・ベレー」、「A Majority of One」、「Noon BlueApples」、「Who Gets the House?」、「ムーラン」、「ムーラン2」、「トレッキーズ」、「The Best Bad Thing」、「Patient 14」、「Vanished」、「Live by theFist」、「Bug Busters」、「Kissinger and Nixon」、「Prisoners of the Sun」、「戦場にかける橋2 クワイ川からの生還」、「レッド・ライン7000」、「戦雲」、「歩け走るな!」、「地獄の逢びき」、「P.T. 109」、「スペース・リザード3001 宇宙の極道蜥蜴」、「The Loudmouth」、「Which Way to the Front?」、「Bicycle Built for Three」、「戦場よ永遠に」があります。


スタートレックのオリジナル・シリーズへのレギュラー以外のTV出演は、ゲスト出演も含め以下の通りです。「ビッグバン★セオリー ギークなボクらの恋愛法則」、「Community」、「The Tonight Show with Jay Leno」、「スイート・ライフ オン・クルーズ」、「I'm A Celebrity, Get Me Out of Here!」、「Late Late Show With Craig Ferguson」、「Late Night with Conan O'Brien」、「HEROES」、「Secret Talents of the Stars」、「Wanna Bet?」、「Thank God You're Here」、「The Bronx Bunny Show」、「Jimmy Kimmel Live」、「コーリー ホワイトハウスでチョー大変!」、「Psych」、「Comedy Central Roast of William Shatner」、「ウィル&グレース」、「マルコム in the Middle」、「Freddie」、「Scrubs」、「3rd Rock From the Sun」、「ジェシカおばさんの事件簿」、「Watching Ellie」、「Grosse Pointe」、「Early Edition」、「Dr.マーク・スローン」、「In the House」、「ジョン・ウーの狼たち絆」、「Homeboys in Outer Space」、「マペット放送局」、「Brotherly Love」、「スパイ大作戦」、「トワイライト・ゾーン」、「ペリー・メイスン」、「Hallmark Hall of Fame」、「マイアミ・バイス」、「アイ・スパイ」、「Son of the Beach」、「ドクター・ウェルビー」、「ハワイアン・アイ」、「ハワイ5-O」、「鬼警部アイアンサイド」、「燃えよ!カンフー」、「ミスター・ノバック」、「ミスター・ロバーツ」、「600万ドルの男」、「原子力潜水艦シービュー号」、「The Wackiest Ship in the Army」、「Death Valley Days」、「BaaBaa Black Sheep」、「華麗なる世界」、「コンバット」、「Chico and the Man」、「エディの素敵なパパ」、「冒険野郎マクガイバー」、「カリフォルニアン」、「Chrysler Theatre」、「U.S. Steel Hour」、「パパ大好き」など。


彼は、アメリカ映画芸術科学アカデミー(アカデミー賞を贈与している団体)、アメリカTV芸術科学アカデミー(エミー賞を贈与している団体)、俳優協会、映画俳優協会、米国テレビラジオ放送芸術家連盟の会員です。


彼は50年以上、映画俳優組合のメンバーである著名な俳優名簿に記載されています。 彼は、1959年1月に映画俳優組合に参加し、半世紀以上の有料会員です。2009年7月には、俳優協会と米国テレビラジオ放送芸術家連盟の雇用機会均等委員会、及び映画俳優組合の雇用機会均等委員会により、第7回アイヴィー・ベチューン3組合ダイバシティ賞を授賞されました。


舞台活動としては、エジンバラ・フェスティバルでScotsman First Awardを勝ち取ったシモン・ウィンセルベルクの「Undertow」、フィリップ・カン・ゴタンダ作で、ニューヨークのマンハッタン・シアター・クラブとロサンジェルスのマーク・テーパー・フォーラムで上演された「The Wash」があります。他にも、ニューヨークのアメリカン・プレイス劇場で上演された「Year of the Dragon」やニューヨークのビリー・ローズ劇場とロサンゼルスのメトロ劇場で上演された「Fly Blackbird」に出演しました。ジョージはイギリスのブライトンにあるドーム劇場で、ミュージカル版の「白雪姫」にも出演、イギリス、レディングのヘキサゴン劇場の「アラジン」でジニーの役を演じました。2009年12月11日から2010年1月3日まで、イギリス、チャタムのセントラル劇場で「アラジン」という年末年始のパントマイム劇で中国の皇帝を演じました。


2002年6月には、オハイオ州デイトンのロフト劇場にて、ヒューマン・レース・シアター・カンパニー・コンサート・プロダクションのスティーブン・ソンドハイム作ミュージカル「太平洋序曲」に出演しました。舞台分野では、2005年10月26日から12月4日まで、ロサンゼルスのイースト・ウェスト・プレーヤーズにて、ティム・ダン監督でピーター・シェーファーの「エクウス」に主演しました。


彼は、スタートレックというTVの真髄ともいえるSF番組にかかわり、ヒカル・スールーという役を演じることができたことを大変誇りに思っています。元々、USS エンタープライズのパイロットだったスールーは後に昇進し、1991年公開の映画「スタートレック6:未知の世界」ではUSS エクセルシオの艦長として登場します。彼は、1996年、スタートレック:ヴォイジャーのエピソード「伝説のミスター・カトー ("Flashback")」にて、再びスールー艦長役を演じました。


彼はインターネットシリーズ「Star Trek: New Voyages 」のエピソード「World Enough and Time」でスールーとして戻ってきました。多くのファンと製作のプロ達によって作られたそのエピソードは監督マーク・スコット・ジクリー、脚本マイケル・リーヴスによるもので、2007年8月、ビバリー・ヒルズのファイン・アーツ劇場でプレミア上映されました。


スタートレックの不朽の人気を強調するように、2009年5月に公開されたJ・J・エイブラムズ監督の11番目の映画は、スールー役を俳優ジョン・チョウへ交代し、USS エンタープライズの初期の頃を描くものです。


彼の才能は、作家活動にも及び、1979年にロバート・アスプリンとの共著でSF小説「Mirror Friend, Mirror Foe」を書いています。


1994年にポケット・ブックスから出版された自伝「To the Stars (日本語版:星に向かって)」によれば、カリフォルニア州ロサンゼルス生まれ。第2次世界大戦勃発により、12万人の日系アメリカ人とともに、家族共々、有刺鉄線に囲まれたアメリカの強制収容所に送られました。そして、子供時代の大半を、アーカンソーの沼地にあったローワー収容所と北カリフォルニアの風が荒ぶトゥール・レイク収容所で過ごしました。


家族は、無事彼の生まれ故郷ロサンゼルスに戻る事ができました。そして、ロサンゼルスそのものが、彼を演技への道に導いたのです。映画会社のスタジオ、高い塀の向こうに魔法のようにそびえる野外撮影用のセット、それらは彼にとって魅力的な存在でした。授業の寸劇、中学の演劇クラブ、高校の演劇という活動を経るにつれ、徐々に自分の夢は俳優になることだと悟りはじめました。


ロサンゼルス高校を卒業後、彼はカリフォルニア州立大学バークレイ校に入学しました。後に、カリフォルニア州立大学ロサンゼルス校に転学し、1960年に演劇学学士を、1964年に演劇学修士の学位を取得しました。彼はイギリス、ストラトフォード・アポン・エイボンと上智大学で開催されたシェークスピア協会に参加。ハリウッドでは、デジル・ワークショップで演技の研究をしました。


俳優としてのキャリアに加え、彼は市民活動にも参加し続けています。女優ボーラ・クォと共にプロデュースし、自らホスト役を務めた公務番組「Expression East/West」は、1971年から1973年の間、ロサンゼルスのKNBCテレビで放送されました。


政治活動家の彼は1973年ロサンゼルス市議に立候補し、僅差で敗れました。そして、政治家か俳優か、どちらの道を選ぶかの岐路に立たされ、決断せざるをえなくなったのです。彼は俳優の道を選び、出来る限り市民活動に関わり続けることで政治関係への道を残しました。


彼はロサンゼルス市長トム・ブラッドレイからの指名を受け、1973年から1984年まで、南カリフォルニア高速交通の理事を務めました。地下鉄の各駅に近隣の人々が愛着を持ってくれるようにと、それぞれの場所の個性を現わすアートを施す計画で、彼は計画推進のメンバーのひとりとしてやりとげました。彼は同時に、アメリカ公共輸送協会の副会長も務めました。


国際的な活動としては、クリントン大統領の指名で、日米友好協会の理事を2期務めました。現在、日米交流財団の理事会のメンバーを務めています。日本政府は、彼が行ってきた日米の友好活動に対し、旭日小綬章を授与しました。授与式は2004年11月に東京の皇居で行われ、昭仁天皇より勲章を賜りました。


彼はクロスカントリーの選手だった高校時代からの、熱心な長距離ランナーです。フルマラソンを5回完走し、1984年のロサンゼルス・オリンピックの聖火リレーでも、聖火ランナーのひとりとして走りました。


レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダーの世界最大の団体、人権キャンペーン(HRC)のメンバーとして、カミングアウト・プロジェクトのスポークスマンを務めています。2006年4月、彼は全米を演説して回る「イクアリティ・トレック(Equality Trek)」ツアーをスタート。ゲイの日系アメリカ人としての人生について話して回りました。スタートレックのレナード・ニモイは、2007年7月にサンフランシスコのガラディナーでHRCのEquality Awardを彼に授与しました。


彼とパートナーのブラッド・アルトマンは、ロサンゼルス在住です。二人は1980年代初頭に、お互いロサンゼルス・フロントランナーズで走っている間に知り合いました。20年間以上の終生のパートナーである彼らは、ロサンゼルスの全米日系人博物館のデモクラシー・フォーラムで2008年9月14日に結婚しました。2008年11月4日には、カリフォルニア州の有権者はカリフォルニア州での結婚を異性カップルに制限する「Proposition 8」を僅差で承認しました。しかしながら、カリフォルニア州最高裁判所は、11月4日以前の期間、4か月と半月の間に起こった約1万8000件の同性間結婚が法的に有効であると裁決しました。


2009年10月13日、彼らは現在GSNケーブルネットワークで放送されている長寿番組「The Newlywed Game」に出演招待された最初のゲイ新婚カップルとなったことで、テレビ番組に新たな歴史を作りました。彼らはゲームに勝ち、賞金の1万ドルを全米日系人博物館に寄付しました。


出生地: カリフォルニア州 ロスアンゼルス
現住所: カリフォルニア州 ロスアンゼルス
言語: 英語、日本語、スペイン語
出身高校: ロスアンゼルス高校, 1956年
出身大学: カリフォルニア州立大学ロスアンゼルス校(UCLA)1960年卒業(演劇学士)、1964年修了(演劇学修士)

この翻訳は、米国のエクセルシオ・キャンペーン事務局の許諾のものに、久保佐知恵が作成、その後サイト管理者谷古正樹によって加筆したものです。翻訳ミスが含まれている可能性がありますので、あなたの参考としてご覧下さい。正確にはジョージ・タケイ氏の公式ウェブページをご覧下さい。無断転載を禁じます。

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